「青い鳥」どこかで聞いたことがあるのではないか?



戯曲というのは、要は劇台本のことだ。
あらすじはこんな感じ。

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クリスマスの前夜老女はダイヤモンドのついた魔法の帽子を渡し、
子供たちに〈青い鳥〉を探しに行くよう言いつける。
魔法の帽子を被った子供たちは、
犬や猫、光、火、水、砂糖、パンの精としゃべれるようになり
彼らと共に不思議な旅に出る。
思い出の国、夜の御殿、森、幸福の花園、未来の王国、
一行が旅路で捕えた青い鳥は、ことごとく変色したり死んでしまったりして、
結局、青い鳥を捕えることはできぬまま、
チルチルとミチルは、精たちに別れを告げ帰宅する。
朝になって目を覚ますと、隣の婆さんが訪ねてくる。
聞けば婆さんの娘は病気に臥せっており、
チルチルの飼っている鳥を欲しがっているという。
チルチルは自分の鳥が青い鳥になっているのを発見し、それを婆さんにくれてやる。
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この戯曲、おそろしく登場人物が多い。その中に〈ふとりかえった幸福たち〉という、ある種の幸福の形を擬人化したような者がたくさん出てくる。

お金持ちである幸福、
地所持ちである幸福、
虚栄に満ちたりた幸福、
かわかないのに飲む幸福、
ひもじくないのに食べる幸福、
なにも知らない幸福、
もののわからない幸福、
なにもしない幸福、
眠りすぎる幸福、
太った大笑い


例えば、墓地での死者に関するチルチルとミチルの会話、

 ミチル  みんなどんなこというでしょうね。
 チルチル なにもいわないだろうよ。話しなんかしないんだ。
 ミチル  どうしてお話しないの?
 チルチル 話すことがないんだよ。
 ミチル  どうして話すことがないの?
 チルチル うるさいなあ。

どうして死者は話すことがないのか?
話せるっていうのが、生きてるってことじゃないのかって訳だ。





どうして思い出の国で捕まえた青い鳥は捕まえると黒くなってしまったのか?
どうして夜の御殿で捕まえたものはすぐに死んでしまったのか?
どうして幸福の花園には青い鳥がいなかったのか?
どうして未来の王国で捕まえたものは赤くなってしまったのか?
結局、青い鳥が自宅の一室でこれまで飼っていた鳥だったというのは何を意味しているのか?
どうして青い鳥はすぐに逃げてしまったのか?


これらに対して私が回答を出してもいいのだけれど、今回はやめておこう。

なぜって、こういうことを考えながら読むのが、文学を楽しむということで、私が何かを提示してしまえばそれは皆さんの読みの幅を狭めることになりかねない。

それに、多分、解釈自体に意味があるのではなくて、解釈することに意味があるのだ。



少し、しゃべりすぎたか。